ORBIT LOGO
http://www.orbit-ltd.net
機械システム開発
FA・LA各種自動化機械設計
Since 1995
標準機械ユニット図面販売
bar

ORBIT Limited


●業務経歴


まずは、簡単な業務経歴を、そしてその後に自己紹介を兼ねて私の経歴を紹介させていただきます。

以下に、過去の業務内容の主立った物 を紹介しています。
展示室に一部画像を展示しています。
会社設立以前のものも含んでいます。

[装置・治工具設計]

  ・製菓ライン用あん供給装置の設計
  ・製菓ライン用トレー供給装置の設計
  ・製菓ライン用ジャム充填装置の設計
  ・プレス用素材供給・取出・収納装置の設計
  ・粉体自動計量袋詰め装置の設計・導入
  ・PETボトル粉砕減容機の設計・導入
  ・ガス器具用電磁比例弁特性検査治具の設計・導入
  ・トラック用ヒューズボックス端子挿入検査装置の設計・導入
  ・各種ボリューム用抵抗基板自動検査装置の設計・導入(各種)
  ・半固定ボリューム用抵抗基板自動印刷自動ラインの設計・導入(各種)
  ・抵抗基板自動印刷ラインの設計・導入(各種)
  ・厚膜IC自動生産ラインの設計・導入(各種)
  ・角形チップ抵抗自動生産ラインの設計・導入(各種)
  ・減圧CVD用実験機の設計
  ・プラズマCVD装置の設計
  ・半導体ウエハー全自動バンプメッキ装置の設計・導入
  ・精密抵抗用自動スプレーエッチング装置の設計・導入
  ・半導体マスク用スプレー式クロム剥離装置の設計・導入

[製品設計]

  ・スケートボードステアリング機構の開発設計(各種)
  ・自転車取付用折りたたみボードラックの開発設計
  ・製本機用高速給紙機の開発設計
  ・製本用高速糊付け機・機能試作機の開発設計
  ・高速デジタルプリンタ用クリーザ・スリッタの設計
  ・MP3プレーヤ機構・筐体設計(各種)
  ・家庭用ノンフロン除湿器の機構設計(各種)
  ・家庭用空気清浄機の機構設計(各種)
  ・証明用カメラの新規設計(各種)
  ・業務用中版カメラの機構設計
  ・酸性水生成機の機構設計

[プログラム開発]

  ・LabVIEWを使ったデータ収集システム開発
  ・電話回線利用によるデーター収集システムプログラム開発(C)
  ・ゲーム用リモコンパッドのプログラム開発(アセンブラ)
  ・マスフロー用コントロールプログラムの開発 (Visual Basic)
  ・NCコントロールプログラムのDOS/V移植(C)


-----
----
---
--
-


●簡単な経歴

昭和53年3月:
国立富山工業高等専門学校機械工学科卒業(10回生)
本人は真面目な普通の学生だったと思っているのですが、友人たちからは「あの時から普通とは違っていた(変人?)」と言われています。(変ですね?)
ほとんど毎日4Kmのランニングと、70kgのベンチプレスを欠かしませんでした。(補助者がいれば100kgくらいはできたのですが、当時の体重が57〜58Kgですから結構いい数値?)今はその体力の半分もありませんが。
「将来は社長になれたらいいな〜」と漠然とした希望みたいなものは学生時代からありましたが、まさか ・ ・ ・

昭和53年4月:
某一部上場有名電子部品メーカーに入社
知っている人は知ってるけど、知らない人にとっては全然わからない会社でしたが、「大きな会社に入ってもつまらない、少し小さな会社でなんでもやりたい」と思って会社を決めました。
当時は年商が1,000億円に満たない会社でしたが、ピーク時には5,000億円を越えていました。
私は主に、生産技術として生産ラインの自動化、省力化機器の設計、導入を担当。
今の私の基礎を作ったのはこの会社ですね。
当時は会社にも上司にも色々と反発していました。しかし、今思うと得難い上司に恵まれ、貴重な体験をさせていただいたと感謝しています。
最近は業界も厳しいみたいですが、今も仲間がいますので、陰ながら応援しています。

昭和59年12月:
更なる飛躍を求めて(?)転職を決意、退職。
若気の至りとでも言いましょうか。少し、仕事もマンネリだったのもありますね。
しかし、自分の力が他の会社ではどれくらい通用するものか試してみたい、という気持ちが強かったですね。
井の中の蛙にだけはなりたくないと思っていました。

昭和60年4月:
某半導体製造装置メーカーに入社
主に半導体製造装置の機構設計を担当
楽しい会社でしたが、私はとうとう最後までボーナスがもらえませんでした。
前年までは、新人の女の子でも臨時ボーナスをもらったなんて言ってましたが ・ ・ ・。
私が入社してから急に会社の景気が悪くなり、退職前には有志の社員と一緒に独自に営業活動をしたりしました。
しかし、「会社を良くしたい」という我々の意気込みは、残念ながら会社からは最後まで理解されることはなく、逆に「彼らは独立するつもりで、新規顧客を開拓している」と誤解される結果に。
結局有志社員全員が退職という結果になってしまいました。
我々のやり方にも誤解を招くという面で、問題が有ったのかもしれないと反省していますし、中小企業の経営の難しさはよくわかりました。

昭和61年8月:
半導体不況の波をうけ(?)退職
次の会社に入るまでの1ヶ月間は情報処理2種のお勉強をしていました。おかげで無事合格。2種程度なら、働きながらでも3ヶ月勉強すれば合格は出来るというのが私の実感。

昭和61年9月:
某ベンチャー企業に入社
採用と同時に同企業の子会社であるカメラメーカーに、カメラ機構設計担当として出向。
親会社の方はかなり派手にマスコミを賑わしていましたが、私は地道にカメラの設計をしてました。
親会社との関係では、全社員約500人くらいで台湾への三泊四日の社員旅行したのが良い思い出になってます。

平成5年4月:
出向を解かれ本体のソフト開発部門に転籍
親会社の業績が急激に悪化し、大手警備会社に買収され傘下になったのと同時に親会社との資本関係解消に伴い、出向を解かれ本体のソフト開発部門に転籍。
カメラメーカーの方からは「残らないか?」と暖かい言葉も戴きましたが、新しい仕事にも興味がありました。
結局、プログラムの開発といった、機械設計とは一寸離れた業務を担当する事になりました。
この時は、担当課長という、如何様にでもとれる便利な役職でした。
蛇足ながら、退職前に行政書士試験に合格しました。(試験勉強は一発合格を目指さないと難しいですよ)
さすがに業務も忙しく、通勤途中の電車や、早朝などを利用して勉強時間を確保するのが大変でした。
しかし、何事もやれば出来るものだ、と言うことも事実として実感しました。

平成7年2月:
独立を決意し、退職。
営業兼開発といった仕事をしてましたから、それなら自分でやっても同じか?と思ったんでしょうね。

平成7年2月:
有限会社オービット設立。取締役就任。
余談ながら、登記日は仏滅でした。
さて、期せずして社長という身分になりましたが、一人でなんでもやらなくてはならないので、思うほど楽ではありません。お金も自由に使えるものでもありませんし。
思うにこれは「担当社長」とでもいうべき役職なのかも知れません。
しかし後戻りは出来ませんので前へ、前へと思っています。
*会社名は伏せてありますが、特に意味はありません。あえて伏せる意味も無いでしょうが、公表する意味もないかと・・・。


先頭へ戻る


戻る


●よろしければ、【簡単なアンケート】にご協力をお願いします。


ホームページへ戻る。

Copyright(c) 1998- ORBIT Limited.